不思議な体験が始まった高校二年生の頃、こんな事がありました。友達の家で他愛のない話で盛り上がっていたら、私の左の方からスッと顔が出てきたのがはっきりと見えました。
それは仏像のような横顔で、何も語ることなく2〜3分の間静止していました。
暗闇の中でロウソクの火を当てられている程度の明るさで見え、肌の質感もあり、人間の肌の色に近い色をしていました。
そういったものをカラーで見たのは初めてでしたし、何の前触れもなく起こったので本当に驚きました。
後に、その存在が私のガイドの1人だった事が分かりました。
さらにその後、仙人姿のガイドが私についていました。そしてシャーマンの伝統を受け継ぐまでの間、折に触れて私に指導してきました。
ガイドとは、誰にでもついている存在。共に魂の成長を目指す、24時間無償勤務のかかりつけの魂の指導者です。
一般的には、姿を現したり話しかけられたりという事は殆ど無い、実感の薄い存在です。
しかし、何かに行き詰まって強く答えを求めた時には、自身の閃きや、親や目上の人の口を借りるなどして、その答えを伝えてくれる事があります。
自分とは違う分野の人から同じ事を三回言われたら、それはガイドの囁きとして受け取って頂きたいです。
他には夢の中で教えてくれたり、直接耳に話しかけてくる事もあります。もしも、耳鳴りと共に耳に空気の入る感じやクラッとする感じがした時は、心を落ち着けて「ガイドさん、私はちゃんと聞きますので私に解るように話してください」と心の中で静かに唱え、待ってみて下さい。上手くいけば優しいガイドの声が聞けるかもしれません。
こんな事もありました。女性のお客様が、好きな彼と疎遠になって1ヶ月経った頃、「明日連絡が来る」という男性の低い肉声を聞いたそうです。本人も何の事か分からないと仰っていましたが、翌日、大好きな彼から電話がかかってきて復縁を果たしたとの事でした。おそらく不思議な声はガイドからのメッセージだったと思いますが、こんな粋な事もしてくれるとは羨ましいガイドさんです。
◆ガイドの世界にも情報網?
初めて来られた方をお迎えすべくドアを開けると、そこにはお客様である70歳位の女性の他に、27歳くらいのハンサムな男性のガイドがいて、私に向かってお辞儀をしているのが見えました。
そのガイドは私にこう言いました。
「妹をよろしくお願いします」
とても礼儀正しくはっきりと仰るので、私はその事をお客様の女性に伝える事にしました。
ガイドが着ている服、大体の身長と年齢、お顔、髪型などを紙に書き、このような人に心当たりはありますか、と聞くと、女性は少し黙って目を潤ませてこう答えました。
「私の兄です」
27歳の時に戦争で帰らぬ人となったお兄さんに間違いないとの事でした。そしてこう続けました。
「私は今日、懐かしい兄に腕を掴まれ、ここまで連れてこられている気がしてならなかったのです」
この方はガイドの存在に気づいているようでした。
私は思いました。
その面識もないガイドが私を選択して妹さんを連れて来たのは、ガイド界にも私達の世界のように(あるいはもっと便利な)、情報源があるのではないかと。そしてガイドの狙い通りか、私はその女性の悩みと状況の改善に助力出来ました。
よく、奇跡的に治った、助かった、何かに守られている気がした、という表現を聞く事がありますが、それは、ガイドの存在を感覚的に感じているという事だろうかと思ったりもします。
私がお客様から聞いたガイドにまつわる話をいくつかしたいと思います。
□ある年配女性の話
渋谷で電車を降り、出口へ向かう下りの長い階段を下りている時、人混みに押されて勢いよく転げ落ちてしまった。そのまま硬いコンクリートに身体を打ちつけると思われた瞬間、身体がフワッと浮くような感じがし、無傷で助かったとのこと。その時確かに、透明な何者かに身体を受け止められた感触があったと仰っていました。おそらくこのような話は珍しいものではなく、皆さんの身近にもいらっしゃるのではないかと思います。
□海外旅行時の話
砂漠のような所を歩いている時、ハリケーンに巻き込まれた。一緒にいた友達は上手く逃げられたが自分は呑まれてしまった。身体が宙に浮きもう駄目だと諦めかけたが、気付くとハリケーンの中で透明な存在に大事に抱えられ、ちゃんと地面に足から着くように降ろしてもらった。
その方ははっきりと、ガイドの存在を感じたと仰ってました。
□人助けをさせるガイド
自分の友達にとても不思議な人がいると言う方のお話です。
友達と電車に乗っていたら、同じ車両にいた男性が具合が悪くなって倒れた。それを見た友達の顔つきが突然変わり、その男性の元へ駆け寄ると、医療の知識など無いはずなのに時計を見ながら脈を測り始め、素早い動作で応急処置をした。
駅員さんが来ると、その友達はスッと姿をくらますようにその場を離れたそうです。
そして、度々あるそのような状態の時の記憶が、本人には全く残っていないそうです。
また、その人は普段はのんびりとした性格で人見知りも激しく、目立つ行動を避ける傾向にあるそうです。
人助けの好きなガイドなのか、もしくは助けて欲しい人のガイドのお願いを聞いての行動なのか・・・、とても印象に残っているお話です。
もしかしたら、席を譲る時、困った人を支える時、無償の愛で無意識的に体が動く時は何らかのガイドの力が働いているのかもしれませんね。
■私の体験
20歳頃の話です。北千住の駅ビルの長いエスカレータの下にいたら、後ろの方に胸騒ぎを覚えました。振り向くと、上りのエスカレータの一番上の降り口付近で、エスカレーターに着物が挟まて倒れそうになっている人がいました。その姿が目に入った瞬間、私は物凄い勢いでエスカレーターを一気に駆け上り、転倒寸前のその人をしっかり受け止めていました。
同時に「誰か、布を切るハサミかカッターを持っていませんか!」と大声で叫びました。着物がどんどん機械の中へ吸い込まれてしまうのを必死で抑えていると、近くの男性方が手を貸しに来てくれ、誰かが着物を切ってくれて助かりました。
その時の自分は本当に、風に乗って駆け上がるような感じと半分意識がない感じの中で行動をしていて、とても不思議な体験でした。
また逆に、大惨事になる所を助けてもらった事もあります。
東京に来て初めての独り暮らしをしていた時、台所で揚げ物をしていたら油に火が入ってしまいました。何の知識も無い私は鍋に水をかけてしまい、燃え上がった油が流しへとこぼれました。何をする事も出来ずに呆然としていると、ドンドンとドアを叩く音がし、サラリーマン風の男の人が入って来て「大き目のタオルを濡らしてかぶせなさい」と言ったのです。
その通りにしたら火は消えました。そして男性も、火が消えたのを見るとサッと姿を消してしまい、顔もよく覚えていません。私のガイドが近くのガイドを通して助けてくれたのでしょうか。
ガイドはいつも我々の側にいて、共に喜び、また一緒に泣いてくれたりしています。
ガイドの望みはその働きを感謝される事ではなく、我々が生きる喜びや愛について学び成長していく事なのです。
生きていく中で抱える沢山の課題を、ガイドと共にクリアしていきましょう。